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私がなぜポーランドにいたかということ 2

July 3, 2017コラムカテゴリ

ポーランドで何していたかというと、統合性失調症のKと日々のあいさつ、(Kは社長と付き合ってたアーティスト。いまはもう私は当時の彼の年を抜いてるかも)メールでくる注文の発送(いまとほとんどやってることがかわらない)。精油の在庫チェック、在庫が減ったらボスに報告をして、サプライヤーへの注文。

注文は主にフランスとドイツ、イギリスにしていた。いわゆるアロマテラピー用の精油卸をやっている会社に。ポーランドにも植物は育つけど、精油を取るということがきいたことがない。(今はあるかも)

ポーランドのポールは、平野という意味で、本当に起伏がすくない。そして地図をみるとわかるように、海に面している場所も少ない。

日本で教育をうけていると「狭い日本そんなに急いでどこにいく」だの、やたら自分たちが小さいと思わせるようなことが多い。ポーランド人に、日本の最北端から最南端まで電車で移動したらどのくらいでいけるんだ?ってきかれて、そんなこと考えたこともないけど1日2日では到底無理、って答えたら、心底びっくりしていた。へえ!!日本ってでかいんだねえって。っていうかね。面積、ポーランドより広いの。日本は森林が多くて、平野が少ないから人が便利に住める場所っていうのが少ないし、電車通すのだってポール(平野)の国より大変。しかも島国で、北海道と本州は離れてるの。九州と沖縄も。沖縄なんて小さいしまがいっぱい。どうやって説明するんだこれ。

ただ、そんなことも、聞かれたから考えてみたけど、聞かれなかったら考えもしない。

アレー? 日本狭くないじゃんって思ったのです。

それと言語のことも。

日本では外国のことを「海外」海の外っていうけど、ポーランドではza granica 山の向こうっていっていたと思う。へえーって思ったからずいぶん昔のことなのに覚えてる。たしかにポーランドでは山の向こうがチェコだったりドイツだったり。

日本は娯楽が多く(多いかな・・・いまとなってはよくわからない)ポーランドはクリスマスやらイースターやらになるとテレビは宗教だらけだしラジオもそれっぽい(言葉がはっきりわからないけど雰囲気はそんな感じ)私の滞在していたアパートからみえるołówek オウベック(鉛筆)学生寮もこの時期はまっくら。みんな実家に帰っちゃう。

本当に、私が寂しいと思ったのはこのときがうまれて初めてでした。日本にいたら寂しいっていっても、心の底から打ちのめされるほどの寂しさを感じる暇がないというか、一瞬寂しいなって思っても、それで終わっちゃう。今だとネットでつながっていたり、(でもこれ本当のつながりなのかな?)休暇(正月とか)もあっというまに終わってしまう。幸いなことに両親が健在で(このときは)かえる実家もあったし、かえればかえったで高校まで過ごしたところなのでなんとなく友人がいたりもした。だけどここは違う。文化も気候も言葉もまるで何もかも未知の国。知りあいもすくない。(8月にきて12月がクリスマスだし。たった4か月で引きこもりで社交的とは真逆にいて、しかも当時ブロツワフでは珍しいアジア人の私が友人なんて・・・)

ところがそういったことに無関心ではいけない宗教がポーランドのカソリックで、クリスマスの夜は、カウントされているメンバープラス1の料理を用意するのが伝統となっている。いつなんどき、メンバーがふえても対応できるようにという配慮からそういうことになっているらしい。

私の日本語の教え子の(あんまりたいくつだったので、ポーランド語を学ぼうと思って、ブロツワフの大学に言語exchangeの張り紙をしたら、奇特な人が何人かアクセスしてくれてその一人がこのプシェメック)プシェメックデューダが、一人ぽっちであろう私を気遣ってうちにこいといってくれて、プシェメックの家にお邪魔する。じつは日本から友人が泊まりにきてくれていて私はひとりではなかったのだけど、友人がとまりにきてくれても、友人ともどもこのうら寂しい気持ちは同じでプシェメックの気持ちがとてもうれしかった。

(死ぬほど食べ物がでてきて大変だった。)

私も、もし今同じような状況で寂しいと感じている外国人(もしくは日本人)がいたら、よろこんで宴会に招待したいと思う。そういうチャンスがあれば。ささやかだけどお返しがしたい。

3・・・いつかくかわからないけど・・・に続く

53618051 – tumski bridge over the river odra to the island in winter.

1999年ごろよくこの橋をトボトボとあるきながら、川を泳ぐ白鳥をみていた。

白鳥は薄汚く(みにくいあひるのこでご存じのとおり、ハクチョウは完全に羽がはえかわらない子供は色が汚れているようにしか見えない)やたら白鳥以外の鳥も多かった。

 

 

 

 

 

 

©Air Of Fragrance : Miho Yamaguchi

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